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社会に出て私に何ができるのか、考えても答えが見つからなくて、途方に暮れる。おっきな教科書を開いて、まだ知らないことを勉強するのは好き。でもそれは教科書を読んだ人ならみんな知ってることだから、勉強したって無駄かもしれないって思う。無駄なことは嫌い。意味のあることがしたい、けど、その意味ってやっぱり、生きる意味になんとなくつながってて、じゃあ勉強じゃなくてもいいじゃない。読書でも、バイトでも、恋愛でも、麻雀でも、何でも。そう、何でもできる大学生の春休みだから、こんなくだらないことを考える。勉強に身が入らない。
何をしたっていい、足りないのは熱意、わかってる。わかっているのに、今日一日は本当に酷い状態だった。遊んでいるのに、楽しくなかった。こんな日の対処法、私知ってる。夜、眠りにつく前に、ダメだった自分をとことん苛め抜けばいい。こう唱えるの。自堕落。自堕落。自堕落。
何をしたっていい、足りないのは熱意、わかってる。わかっているのに、今日一日は本当に酷い状態だった。遊んでいるのに、楽しくなかった。こんな日の対処法、私知ってる。夜、眠りにつく前に、ダメだった自分をとことん苛め抜けばいい。こう唱えるの。自堕落。自堕落。自堕落。
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自動車教習所の美人教官と蜜月になる、とういう妄想が男たちの間で膨らんできたことがありました。俺がギアチェンジしようと左手を伸ばしたそのとき教官の右手が、あっ、くらいの段階でその場は盛り上がっていたのですが、私はいまいち釈然としていませんでした。私とパーキングしましょう、半クラッチしてあげるわ、なんだか面白みにもエロさにも欠ける言葉ばかりが浮かんできて、当意即妙、というわけにはいかなかったのです。
今日実家へと歩む道すがら、ふとこの話題を思い出し、少し思案を巡らせてみましたところ、「シートベルトつけてね。」で、正解!と思いました。
今日実家へと歩む道すがら、ふとこの話題を思い出し、少し思案を巡らせてみましたところ、「シートベルトつけてね。」で、正解!と思いました。
目を大きく見開き、徐々に視線を右へと移していって、端っこまできたからと躊躇せずに目の裏を見るつもりで力いっぱい眼球を右へ回転させたら、ぷちんと何かが切れて眼球がぐりんとわけわからぬ方へ向いちゃった。みたいな想像で、あぅ、って時々なります。
ベルゼバブ、ルシファー、レヴィアタン、アスモデウス、バルベリト、ウェリネ、グレシル、ソロイネン…悪魔に階級があるように、睡魔にも階級があるのではないかと思います。そして、朝、布団の上で繰り広げられる壮絶な(そして実に陰惨な)葛藤に鑑みて、私は相当に上級の睡魔を飼っているに違いないと思えてならないんです。寝坊してごめんなさい。
自己紹介に値しない私のような人間が、初対面の皆々様を前にして、いったい何を喋ればよいというのでしょうか。
顔面の表皮を両側に引っ張っただけの笑みを顔に貼り付け敵意の無いことを強調しつつ、私は恐る恐る自分の名前を申し上げます。これは皆々様が遠くにいる私を「おーい何某」と呼ぶために必要かもしれないと考えるからであって、もし皆々様にとって脳の容量を消費するに足らない情報だと感じられるならば、私の名前など右から左へ受け流していただいて大いに結構なのです。次に私は自分の年齢を申し上げます。これも皆々様が私に対して年上の尊敬を表すべきか、年下の憐憫を垂れてやるべきか、はたまた同年のよしみを以って接すべきか迷わないようにとの私なりの配慮なのです。そして私は、自分の出身地、趣味、特技などを常識の範疇に収まる程度の内容だけ申し上げ、いかに自分が人畜無害な善良市民であるかを証明しよう致します。ここからはもう私の自己満足のためとしか言いようがありません。私が皆々様と最低限度の個人情報を共有出来たと確信した、つまり、私がある程度の親しみを込めて話しかけても、皆々様はある程度の親しみを込めて返事をくださる、ということを場の全員で認めあうためだけのいわば儀式なのです。私のような人間には一片の興味も無いであろう皆々様にとっては、ここまでくればもう退屈以外に感ずるところもなく、ただ私が御座なりに時間を費やすのをじっと耐える以外に方法が無くなってしまうでしょう。皆々様もまたきっと、人畜無害な善良市民であるが故に。
自己紹介において何をしゃべればよいのかを考える前に、私は自己紹介が嫌いです。
顔面の表皮を両側に引っ張っただけの笑みを顔に貼り付け敵意の無いことを強調しつつ、私は恐る恐る自分の名前を申し上げます。これは皆々様が遠くにいる私を「おーい何某」と呼ぶために必要かもしれないと考えるからであって、もし皆々様にとって脳の容量を消費するに足らない情報だと感じられるならば、私の名前など右から左へ受け流していただいて大いに結構なのです。次に私は自分の年齢を申し上げます。これも皆々様が私に対して年上の尊敬を表すべきか、年下の憐憫を垂れてやるべきか、はたまた同年のよしみを以って接すべきか迷わないようにとの私なりの配慮なのです。そして私は、自分の出身地、趣味、特技などを常識の範疇に収まる程度の内容だけ申し上げ、いかに自分が人畜無害な善良市民であるかを証明しよう致します。ここからはもう私の自己満足のためとしか言いようがありません。私が皆々様と最低限度の個人情報を共有出来たと確信した、つまり、私がある程度の親しみを込めて話しかけても、皆々様はある程度の親しみを込めて返事をくださる、ということを場の全員で認めあうためだけのいわば儀式なのです。私のような人間には一片の興味も無いであろう皆々様にとっては、ここまでくればもう退屈以外に感ずるところもなく、ただ私が御座なりに時間を費やすのをじっと耐える以外に方法が無くなってしまうでしょう。皆々様もまたきっと、人畜無害な善良市民であるが故に。
自己紹介において何をしゃべればよいのかを考える前に、私は自己紹介が嫌いです。