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恥の多い生涯を送っています。
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「恋愛ドラマも恋愛雑誌も見たことの無い人間は、果たしてキスをするのだろうか」

総合人間学部の先輩に問いかけられて、私は即座に解答を得ることができませんでした。理想的恋愛論を追求(妄想)する者として私が少なからず持っていた自負は、脆くも崩れかけました。先輩は社会学の授業で前述の問いを考えたそうですが、理系である私が依って立つべきは、やはり生物学でしょう。2,3ヶ月ほど、先輩の問いを思い出しては論を進め、行き詰ったら忘れるを繰り返し、以下の暫定的な結論を出しました。

「結論として、キスをするだろう。なぜなら、恋愛に言葉など要らぬからだ。お互いの口を、キスで塞ぐんだよ。」

これではいかんわけです。この解答は恋愛ドラマか何かの受け売りなのですが(つまり全く以って題意に沿えていないわけですが)、しかし、正直なところ、この解答のあまりの出来のよさに、私の思考は高みへ上ることが出来ていませんでした。あくまでも、理論的に、明快に。

男女が惹かれ合うのは、人間以外の生物に当てはめれば、端的に有性生殖をするためだと言えますが(このとき私の考える理想的恋愛論は排除されると考えます)、もちろん、生殖行為の際にキスは必要となりません。
そこで考えたのは、唇が生殖器と同様に粘膜であるということです。キスと性交は、粘膜同士を触れ合わせる点で類似しているのです。粘膜の接触は菌の感染という観点から生物にとってあまりよろしくありません。しかし、男女が生殖の本能からくる欲求を、意識下で「ひとつになりたい思い」と捉えたならば(このへんの考察が足りないと思います)、生物学的に見ても、肌で触れ合うよりも粘膜で触れ合うほうが一段と共有部分が多いことになると思います。
子孫を残すという明確な目的を据えず、それでいて惹かれ合っているというある種矛盾した状態にある男女が、擬似性交としてのキスを見出すのはさほど難しいことでは無いかもしれません。これが、私の得た答えです。
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素朴集合論がすべての集合を含む集合の存在を許さないように、戦争はすべての人間と友達である人間の存在を許しません。私の夢を叶えるためには、まず、戦争を無くす必要がある。なんて、無責任なことを言ってみます。

ラブレターを書く。

物語などではちらほら、学校のアイドルが下駄箱を開けたら中から大量のラブレターが出てくる、といったシーンを見かけますが、私はその肝心の中身について、最近まで考察するに及んでいませんでした。いったい、どんな書き出しで始まり、どんな文体で綴り、どんな結びで終わればよいのでしょう。考えてはみるものの、一向に答えが出ません。ガチガチの理詰めで彼女を包囲するのか、それともレトリックに酔わせて翻弄するのか。遊戯と割り切れば楽しい作業です。しかし、いざ本心を描こうと臨めば、たちまちバランスを失って何も書けなくなってしまいます。
私が長い年月をかけて、努めて合理的に論考を重ねてきた「恋愛のエッセンス」がラブレターにはあるのかもしれないと、淡くも強い期待を抱いています。
「蟻は俺たちを食いもんだと思ってんだよ」
「卑しい豚め!」と自分を蔑む。

自己矛盾とは、こういったことを言うのでしょうか。
鞭を手にした豚は、やはり自らを打つしかないのでしょうか。

ならば私は、自己矛盾の権化です。飛べないのに、紅の豚。

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