第百二十の手記

こんな私にも、恋人と呼べる人ができました。これからは、あの人を通して歌を聞いたり、あの人を通して愛について思いを巡らせたり、あの人を通して将来を考えたりするんでしょうか。なんとも不安定、私はそんなに信頼に足る人物ですか。その信頼を、私からも信じて良いのでしょうか。なんと不安定で、なんと、夢見心地な契約。
以前、私は恋人さえいれば怖いものなし、とでも言いたげな手記を書きました。今からすればなんという見当違い。あの人以外の異性に接する私の態度！ちらつかせる卑しい好意と妻帯者かのような余裕、傲慢、がぐちゃぐちゃになって、それらを必死に笑顔で整える、いよいよ、人間失格の烙印を押されてしまいそうです。…悲運なのはあの人。嗚呼、信頼は罪なりや？

第百十九の手記

誰か私に、作詞作曲が他人の歌を歌う歌手の気持ちを教えてください。どうして野党の議員は自分に不都合なことが起きると退席するのですか。なぜ、１人で残って反駁しようという人間がいないのですか。なぜ、自分の作った物語で、自分の作った人間を殺すのですか。

私はいつかこんな小説を書こうと思っています。ある男がある女と出会い、恋をし、すれ違いながらもお互い惹かれ合っていく、その途中で、何の脈絡もなくある日突然登場人物全員が交通事故で死ぬ話。

第百十八の手記

他人について行けばいいという考えは危うい。例えば、左右の確認をせず前の人に続いて道路を横断するとき。もしその人が、自殺志願者だったら。

第百十七の手記

高台寺の夜桜を見に行った帰り道で、おおきな紙袋を二人で持ってるカップルとすれ違いました。瞬間、私はカップルが手をつなぐ意味を理解した心地がしました。共同作業をするパートナー同士としてのディスプレイが「手をつなぐこと」だとしたらおもしろい話です。しかし、ここで新たな疑問が生じます。なら同性間で手をつながないのはなぜか。しばらく考えたのですが、これこそが「握手」ではないかと思います。ボノボは群れ間の緊張関係を緩和するために性皮を擦り合わせたりしますが、ヒトにとっての緊張緩和行動が握手なのかもしれません。そう考えると、向かい合って手をつなぐ競争相手、同じ方向を向いて手をつなぐパートナー、という綺麗なストーリーが出来上がりました。やっぱり人間の観察はおもしろいです。

第百十六の手記

魅力的な異性を意識してしまいます。意識とはすなわちその人の前でいつも通りの自分でいられなくなるということです。例えば目を合わせられなかったり、例えば妙にその場を盛り上げようと努めたり。思うに、相手から自分がどう捉えられるかということを考えすぎてしまうのだと思います。なるべくイケてない部類に分けられたくない、できるならば好印象を持たれたい。その場限りの格好いい自分を演じる。言い切ってしまえば、その人を騙す。なんとも情けなく、誠意のないことです。

対処法についての一考。私の場合、生涯の伴侶を得ればこんな差別的な態度は取らなくて済むはずであると半ば確信しています。ここで言う意識とはつまり、将来この人と懇ろな関係になれればいいなという淡い希望（悪く言えば下心）に端を発するものだからです。浮気なんてのはモテる人の言葉の飾り。この人と決めた相手、my steadyさえいれば、こんな葛藤はしなくて済むはずなのです。

しかし私に恋人はいない。これは私の人生における試練なのだと思っています。恋人は欲しい。しかし我が心の葛藤の、免罪符としての恋人ならばいらない。いや、むしろ欲してなどいけないのだ。今のような未熟な精神状態で、恋人など、望むべくもないのである。零れる涙を拳で拭い、日々鍛練。日々精進。